行政刷新会議の事業仕分け(1)

昨日から始まった行政刷新会議事業仕分けを参観してきました。


マスコミでも報道されたように、開始時から会場には大勢の人が詰めかけ、ものすごい

状態でした。
テレビや新聞の報道ではほとんど触れられていないようですが、「予想外の人出」に
混乱も。
開始の挨拶後、早速仕分けが始まったのですが、仕分け人や説明者の声がほとんど
聞き取れません。聞けば、入り口のところで渡される個人用のレシーバーを通して
「仕分けの議論を聞く」システムにしたようです。狙いはよかったのですが、
あまりの人の多さで肝心のレシーバーが不足し、私もレシーバーがないままで午前中
の議論はほとんど聞き取れませんでした。
しかし、昼休みの出入りの間に何とかレシーバーを確保し、午後からは本格的な
“傍聴”に入りました。


さて、“鳴り物入り”で始まった今回の事業仕分け、いろいろな指摘があり、今後も
いろいろなことが出てくると思いますが、初日の議論を聞いての感想・指摘を何点か
述べます。
地方自治体の事業仕分けでこれまで指摘してきたことと重なる面もありますが、
 改めて考えました。「仕分けの基本原則」の確認の意味もあります。


1.今回の事業仕分けをどう位置づけるか?


 これは私の認識ですが、事業仕分けは、仕分け人だけでなく、説明者や傍聴者等に
 「気づきのきっかけをつくる」ものです。逆に言うとそれ以上のものではありません

 (と、割り切った方がよいと考えます。ただ、これはあくまで「事業仕分けという
 手法をどう考えるか?」という点での考え方であり、行政刷新会議の政府内での
 位置づけ・今回の仕分け結果の来年度予算編成に対しての位置づけとは別の問題です)。

 国の一つの事業や組織を通して、「百年後の日本のあり方」や「世界の中の日本の
 あり方」について、事業仕分けの場で議論し尽くすことは不可能です。
 ですから、「短期的な成果を重視しすぎている」とか「総合的な視点がない」などの
批判は、ある意味で当たっていますが、「事業仕分けの本質」を理解していない議論
と言えます。


 その意味で、今回の事業仕分けは、
  「目の前の火事に対しての消火作業」と
 割り切った方がよいかもしれません。
 「目の前の火事」とは、さらに膨張が予想される国の借金です。
 放っておけばどんどん借金が増えるので、それを防ぐことにまず重点を置くとすると、
 議論の方向性もはっきりしてきます。
  「国民一人一人の借金を増やしてまでやる必要がある事業なのか?」
 仕分けの結論の一つとして、(とりあえず)来年度予算への計上を見送るという
 類型があるのを見ても、このスタンスで理解するのが適切なのではないでしょうか。


2.事業実施のために自前の施設は必要か?(「○○会館」的なもの)


 第3WGの最初の事業で、
  オリンピック記念青少年総合センター
  青少年交流の家
  青少年自然の家
  教員研修センター
  女性教育会館
 という「国の施設」が議論されました。


 ここで行われている「事業の内容」は別として、「事業実施方法」として、
 「施設をつくって行う」というのは、仕分けの中で議論された通り合理的ではない
 と考えます。研修等の事業については、事業の内容が問題なのであって、場所が
 問題なのではありません。あえて場所を国でつくってしまえば、維持費・人件費等、
 事業以外の余計なコストがかかります。


 国は行われる事業が本当に目的に合っているか(=国がお金を出すに値する事業
 か否か)を判断してチェックし、合っているなら所定の補助をすることとし、
 事業場所は地方自治体や民間の施設を利用する、こんなやり方の方が合理的なの
 ではないでしょうか。


3.「事業の効果」をどう考えるか?


 子どもに芸術を体験させる事業に対し、効果の一つとして満足度が説明されました
 が、本来の目的は、
   やった → よかった、満足した
 ではないはずです。
 ある程度客観的に測定できる指標・評価方法がない場合は、事業効果の仮説自体が
 たてられないのですから、基本的にそのような事業はやるべきではありません。
 

 これらの事業を使えば、日本全国の子どもが、「小中学校の義務教育期間中に
 1〜2回芸術を体験できる」そうですが、それは事実をつくることでしかありません。
 問題は、その結果どうなるのか、です。
 

 「効果が明確でない事業はやめる」とすれば、おそらく相当のコスト・人が省けます。
 明日以降もこの点は注視したいと思います。


4.モデル事業の構造的な問題


 昨年来の「国の事業仕分け」でも指摘されてきましたが、教育なり福祉なりの分野で
 本当によいモデルを国がつくって全国展開を狙うなら、予算や人員・ノウハウを集中
 投入し、真剣につくりあげるよう努力すべきです。
 その意味からすると、現行の多くのモデル事業に見られるような、1件あたりの補助額
 を低くして多数の地域・組織にモデルづくりをやらせるというやり方は、合理的では
 ありません。


 要は、「本格的にモデルをつくろうとする」のか、「(モデルの名の下に)実際の
 事業執行を支援する」のかが曖昧で、中途半端な形になっています。
 実際、モデル事業を活用としようとする地方自治体の側でも、「必要な事業をやるため
 の補助金」ぐらいの受け止め方をしているところが多いのではないでしょうか。


 ひょっとすると、
  「1件あたりの投入額を多くすると、失敗した場合の結果が目立つので責任が問われ
  やすくなる(○○億円の失敗など)。多数に少しづつ補助金を配る形なら、失敗は
  あまり目立たないし、たとえうまくいかなくても、補助金をもらった側のせいにする
  ことができるし、額が少なければ失敗のダメージも小さいので、文句が出ない」
 などと考えているのではないか、と勘ぐってしまいます。
 これも全省庁に共通の傾向のようです。


 これについても今後注視していきたいと思います。