「民営化」と「行政改革」について

先日、「脱『日本版PFI』のススメ」(熊谷弘志氏)という本を読みました。
この本の示唆する「合理的なPFIのあり方」から、「合理的な民営化とは何か?」
、そして、それと密接に結びつく「合理的な行政改革と何か?」、について改めて
考えてみます。


1.「民営化」で「行政改革」が進むか?


 総論としては、「民営化⇒行政改革」は間違いありません。
 しかし、「どれほど進んだか?」には、検証の余地が大いにあります。


 1)民営化で役所の人数が減ったと言えるか?


  我が豊島区の場合、職員数のピークが平成5年の3,104人で、今年は2,216人。
  さらに平成23年には2,000人をめざすとされています。
  そして、この「職員数の削減」が「行政改革の成果」とされています。
  しかし、この数字、本当に額面通りに評価できるものなのか?
  まず、この数字には、今“流行”(?)の非常勤・再任用職員が含まれて
  いません。 あくまで正規職員だけです。
  従って、従来正規職員がやっていた仕事を非常勤職員に置き換えた場合はカウント
  されません。
  「役所の仕事をやっている人間が、役所が抱えている人数である」という見方
  からすれば、この数字には「カウント逃れ」があると言えます。


  さらに、もっと大きな問題がもう一つ。
  非常勤・再任用職員は、役所が人数を把握しているので、簡単に“補正”できます
  が、「民営化」によって、業務委託・指定管理者制に委ねている職場については、
  「役所の業務を担っている民間人」が何人か、把握すらしていない可能性があります。
  例えば、指定管理とされている公共施設。
  ここは、「役所の仕事を丸ごと民間に任せているのだから、仕事をしている人間
  は役所の人間ではない」という解釈です。
  平成5年の時点(役所の職員が仕事を担当)と同じように、間違いなく何人かの
  人間によって「役所の仕事」がなされていますが、この仕事をこなしている人間
  はカウント対象外となります。
  「正確な人員把握」の観点からすれば、「民営化⇒大きなブラックボックスの誕生」
  と言えるのではないでしょうか。


 2)民営化で人件費が減ったと言えるか?


  役所が人件費としてカウントしているのは、あくまで職員(豊島区の場合は非常勤
  ・再任用職員を含む)の人件費です。
  民営化された職場については、たとえそれが給料の支払に使われていても、役所の
  会計上は「委託料」などとされてしまい、人件費にはなりません(一括して委託料
  として支払われるため)。
  このため、「行革によって、人件費がピーク時から20%減った」とされていますが、
  本当のところは何%減ったのか、把握ができていません。


 3)民営化で組織のスリム化が進んだと言えるか?


  上と同様に考えれば、組織のスリム化(=職場の数が減ること)は、単に
  「職場の名義を書き換えた」成果とも言えるのではないでしょうか?
  (民営化で「役所の職場」とされなくなったことによる)


2.「民営化」で「行政サービス」が向上するか?


 行政改革のもう一つの目的が住民サービスの向上にあるので、この点も考えてみます。
 この点はよく議論になるところですが、たぶん「量的なサービスの向上」は総じて
 なされてきたと言えるでしょう。
  ・施設の開館時間の延長
  ・施設利用の料金体系の弾力化
 などは、以前より進んでいます。


 しかし、「質的なサービスの向上」はどうか?
 冒頭の「脱『日本版PFI』のススメ」では、民営化で公共サービスの質を向上させる
 3つの基本的要素として、
  ・民間と契約する際に、役所側がサービスの質の水準について、測定可能な客観的な
   指標を細かく示す。
  ・その指標に基づいて、適正なサービス提供がなされているかどうか、厳しい監視の
   仕組み(モニタリング)を設ける。
  ・適正なサービス提供がなされていない場合の明確な支払減額の仕組みを設ける。
 が必要とされていますが(これが世界標準の民営化の考え方とのこと)、そもそも最初
 の「サービスの質の水準」すら明確な設定がなされていないと言えます。
 サービス水準の設定がなければ、民営化の前と後でどう変わったのか、客観的な比較が
 できないのは明らかです。
 「向上した」「向上しない」は、主観的な判断とならざるを得ません。


3.「民営化」と「外郭団体」の関係


 役所の外郭団体は役所そのものではない以上、あくまで「民間」とされます。
 従って、外郭団体が役所に代わって「役所の仕事を担う」場合は、民営化です。
 しかし、豊島区の場合、外郭団体に役所の仕事を委託する場合、「非公募」として、
 他の民間企業と“戦わせる”ことを避けてきました。
 もちろん、やむをえない事情があった場合もありますが、このような「競争のない
 民営化」は、本来の民営化とは言えません(競争環境になければ、努力も工夫も
 しなくなるのが一般的な傾向)。
 

 特に豊島区では、この「外郭団体への民営化」が多かったので、1で述べた
 「行革の数字の水増し操作」に活用された、と言われても仕方ない側面があると言え
 ます。