「尺八の音」について、改めて考えたこと

hino-katsuaki2007-01-17

「新年会」のシーズンなので、“練習”を兼ねて、いろいろなところで
「飛び入りの余興」として、尺八の“演奏”をさせてもらっています。
  *写真は、昨年12月22日、ソウル市東大門区の議員団の訪問を受けた
   際の、「歓迎演奏」風景。右に座っている私の娘の韓国語の挨拶等
   の後での“一曲”
 

昨日は、まさに“地元”商店街である十字会の新年会で、「川の流れのように
と「上を向いて歩こう」をやりました。
二曲で終わろうと思っていたら、「荒城の月」のリクエストが思わず入り、
参加者の期待(?)に反し、何とかこなしました。


さて、この頃改めて気づいたことがあります(気づくのが遅かったかもしれ
ません)。


もともと、尺八は自然の音に発した様々な音を奏でる楽器ですが、そのアナログ
的な性質が、他と違った特長になるのではないか、という点です。


まだ自分で演じきれないので、聴覚的な理解ではなく、頭の中の理解ですが、
例えば、ドとレの音があるとすると、西洋音楽では、その中間は、1or2ぐらい
(?)でしょう。


でも、尺八は、「ド→レ」が連続的に出せるはず(つまり、ドの後でレに移る時、
ドから一気にレに飛ばないで、連続的に移行する、という感じ)。


もしこれが“実演”できたら非常に面白い演奏ができるのではないか、などと
考えています。


「さくらさくら」の歌がありますが、この曲は、この私の“仮説”を証明する
格好の教材であり、この“仮説”に基づいて、試行錯誤を重ねています。


4月の統一地方選を控えて課題はたくさんありますが、この課題も視野に入れながら
進んでいきたいと思います。